家族としての心境
「まさか」という名の断崖
「まさか、自分の母親がガンになるなんて。」
その言葉は、テレビドラマの中のセリフか、あるいは遠い誰かの身に起きる出来事だとばかり思っていました。どこかで「うちの家族だけは大丈夫」という、根拠のない自信があったのかもしれません。
母は、誰よりも健康に気を使っていた人でした。 町から届く健診の通知を律儀に守り、カレンダーに丸をつけ、当たり前のように検査を受けて帰ってくる。その「当たり前」の繰り返しが、私たち家族の平穏を永遠に守ってくれるのだと信じて疑いませんでした。
だからこそ、医師から告げられた事実は、あまりに現実味がありませんでした。 見慣れたはずの母の顔が、一瞬だけ見知らぬ誰かのように遠く感じられ、喉の奥がカラカラに乾いていく。 「なぜ、母だったのか」「何がいけなかったのか」 答えのない問いが頭の中を駆け巡り、静かな診察室で、私一人だけが激しい激流に飲み込まれているような感覚でした。
揺らぎの果てに見えたもの
けれど、その狼狽を母に見せるわけにはいきませんでした。 一番不安なのは、本人に違いないから。
信じられないという思い。代わってあげたいという無力感。 そんな、ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情を飲み込んで、私はようやく前を向きました。 「まさか」という衝撃は、やがて「現実」としての重みに変わり、そしてそれは、私を逃げ場のない覚悟へと導きました。
病は、容赦なく私たちの日常に侵入してきました。 でも、奪えるのは母の健康の一部であって、積み上げてきた家族の絆まで奪わせはしない。 「まさか」という言葉を口にする段階は、もう終わりました。
これからは、どんなに厳しい現実が待ち受けていようとも、それを「私たちの日常」として受け入れ、母と共に歩んでいく。 その覚悟が、冷え切った私の心に、確かな熱を灯してくれたのです。